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大坊珈琲が好きだった

大坊珈琲が好きだった。

はじめて訪れたのは22歳の時。

東京出張を任されたことが嬉しくて、羽田へ向かうフライト中ずっとワクワクしていた。

逸る気持ちを落ち着かせようと手にした機内誌に載っていた大坊珈琲を紹介するコラム。

短い端的な文章から伝わってくる、店の雰囲気に魅かれた。

 

「ここに行ってみたい」。

 

20歳を機にコーヒーをブラックで飲むようになり、味の違いを少し楽しめるようになった頃でもあった。

 

福岡へ戻る前日、地図を片手に慣れない地下鉄を乗り継ぎ、青山へ向かう。

雑居ビルの2階にある店のドアを開き、ドキドキしながら店内の奥にある窓際のテーブル席に着いた。

運ばれた珈琲を口にすると、緊張を解きほぐすように全身に染み渡っていった。

 

「ああ、美味しい」。

 

大坊珈琲は、私の味覚に、ハートに、ガツンと響く味だった。

それから、仕事でもプライベートでも上京の度に訪れるお気に入りの場所。

ちょっと洗練された大人気分を密かに楽しむ。

シックな装いの店内は居心地がよく、窓際のテーブル席で青山通りを眺めるのも好きだった。

結婚後は、主人とも訪れた。

時が流れ生活スタイルが変わっても、大坊珈琲はずっと私のお気に入り。

 

久しぶりに東京へ出る機会を得た数年前のこと。

いつものように慣れた足取りで地下鉄の出口から地上に出て、青山通りに立ったときに、なにかが違うと感じた。

雑居ビルの表に出ている大坊珈琲のつり看板が見当たらない。

ビルの階段をのぼり、店があるはずの2階へ行くと、そこに大坊珈琲はなかった。

表に出て、少し離れた場所からつり看板があった辺りを名残惜しげに眺めてみる。

私の目に映るのは、いつもと変わらない青山通りの景色。

とても不思議な感覚だった。

限りなくよく似た〝大坊珈琲だけがない〟別の世界にいるような・・・。

あれから、いろいろ美味しい珈琲に出会うけれど、あの珈琲のように私の“コーヒー心”にガツンと響く味にまだ、出会っていない。

 

一谷 知世

フクオカコーヒーフェスティバル実行委員会

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