ダウンタウンの5th通りをまっすぐ、高架線の下を歩いていくと、スパイスと独特な油の香りがしてくる。
コーヒーの香りがしたら、ガラス張りで本棚がいっぱいのお店に着く。
「ハロー」とぎこちない笑顔のカーリーヘアの店員さん。
「コーヒーを下さい」とたどたどしい英語で頼む私。
シアトルに着いて初めて行ったカフェで、住んでいた二年間たくさん行った場所だ。
通っていた学校から坂道をずっと下っていくとダウンタウンに着く。
学校が終わると慣れない英語とたくさんの宿題を抱えて坂を下り、5th通りをまっすぐ行く。
カーリーヘアの彼は今日はいるかなぁなんて思いながら、ちょっとドキドキしながら向かうのが日課だった。
コーヒーを頼んでお礼を言うと照れ笑いで返してくれる彼の「ありがとう」が大好きだった。
そのあと目を見てまたさらに照れる姿が特に好きだった。
「今日もコーヒーでいいかい?」
「うん、いつもありがとう」
話す内容はいつもそれだけ。
しかし、二度目の冬を迎えたとき、今日が来られるのが最後という日に初めて彼に注文以外の言葉をかけた。
「好きなコーヒーはどれですか?」
「僕が好きなのはホリデイブレンド。この季節にしか出てこなくって、いつも待ち遠しい」
彼が持ってきてくれたコーヒーは少しスパイシーな、どこかベリーの香りがした。
飲んでみるといつものよりもコクがあるけどスッと入ってくる後味。
あったかくておいしい。
彼とコーヒーの話をした。
月日が慣れなかったものを会話ができるくらいにしてくれたはずなのに今日が最後か、と後悔もした。
今でも寒くなると思い出す。
あの照れ笑いを想像して、彼の好きなコーヒーに似た香りにドキッとしたりもする。
今、日本で彼の欠片を見つけてはときめきながらも、こう答える。
「店員さんの好きな豆はどれですか?」
「クリスマスの時期にしか会えない季節限定豆が本当は一番好きなんです」
きむら きみこ