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「スパゲッティーとコーヒー」

忘れられない味がある。それは、今は亡き祖母が、昔よく作ってくれた特製のス バゲッティーである。

 

ビニール袋からサッとソフト麺を取り出し、玉ねぎとタコさんウインナーをフライ パンの上であえる。独特の酸味が食欲をそそった記憶があるが、特別にケチャップ を付け加えていたのかも知れない。

 

あの台所の祖母のうしろ姿と、ジューという音を思い出すだけで、お腹がすいてくる。自分にとっては、ファミレスで食べる洒落たパスタがどうも物足りない。やっ ぱりスパゲッティーは、ばあちゃんのにかぎる。

 

大人になって、大好きな女性が食後にコーヒーをいれてくれた。田舎育ちの私に とって、コーヒーとは、インスタントの粉をお湯で溶かしたものである。 それでも、十分にうまい。

 

ところが、その女性は「この時期にしか入荷しない豆を、お店で特別に挽いてもら った。とてもフルーティーな味がする。」とニッコリと微笑む。

 

さらに、理科室の実験用具みたいなものを仰々しく取り出して、飲むまでにやたら と時間がかかる。けれどもポコポコと心地のよい音がする。いざ飲んでみたら、本 当にフルーティーな味がするように感じた。そして格段にうまい気がした。

 

ばあちゃんのスパゲッティーと共通する感覚というか、独特な安心感で久しぶりに 心が満たされた。それから、私はコーヒーが更に好きになった。

 

インスタントにしろ、レトルトにしろ、食品以外の分野でも、合理化や画一化が 進む味気ない現代社会のなかで、手間がかかり、ああでもない、こうでもないと独 自の嗜好が反映される存在は、なくなりつつある気がする。

 

そう考えると、こだわり抜いた一杯のコーヒーが、これだけ人々の心を魅了するの もうなずける。

私も確実にその1人だ。

 

中津熊 勝典

コーヒーの味わいは、つきつめると、いれてくれる人の飲む人への心遣い、愛情で はないかと思います。 そんなことが伝わってくるエッセイでした。

 

藤原 智美 ( 第 107 回芥川賞受賞作家)

フクオカコーヒーフェスティバル実行委員会

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