コーヒーを演劇で例えると脇役である。
今日もいろんな舞台で飲まれるコーヒー。
台詞のない寡黙で思慮深い性格派俳優だろうか。
急いで溢れてしまったコンビニの紙コップコーヒー。
仕事の合間でタバコに合わせて自販機のコーヒー。
引っ越しが終ったばかりの半分ずつのコーヒー。
冷めてしまった深夜の別れ話のコーヒー。
いつもそっと寄り添ってくれる名脇役たち。
その存在感を漂わせてくれる。
やさしい香り。
懐かしい香り、芳醇な薫り。
覚醒する厳しい香り。
そして、ほろ苦い味か甘い誘惑だろうか。
コーヒーで得られる感じ方も人によって様々である。
コーヒー豆の主産地ブラジルでは特有の感情表現として、
「サウダージ」(ポルトガル語で)という言葉がある。
「過去への郷愁」や「懐かしい感情・自然に対する感謝・切なさ」
等と訳される。
親しい日系ブラジル人に聞いたことがある。
ブラジル人が異国の地でコーヒーを飲む際には必ず感じる感覚だそうだ。
そんな「サウダージ」を歌にしたのがジョアン・ジルベルト
ボサノヴァ第一号「シェガ・ヂ・サウダージ」は 1958 年に録音された。
作曲は「イパネマの娘」の作曲者でもあるアントニオ・カルロス・ジョビン
作詞は詩人で外交官、9回結婚経験のあるヴィニシウス・モラエス
ささやくような歌声とバチーダのリズム。
ボサノヴァは 60 年代にコーヒー豆と一緒に、
ブラジルの重要な輸出産品として瞬く間に世界中のお茶の間を席巻した。
地球の裏側で生まれた 60 年代の流行音楽ボサノヴァがコーヒー同様に、
今でも日本で人気なのは、日本独特の「侘び寂び」や「花鳥風月」と、
「サウダージ」が似た感情表現だからかもしれない。
「シェガ・ヂ・サウダージ」の日本語タイトルは「想いあふれて」
今日もボサノヴァを BGM に想いを巡らせ、コーヒーを抽出している。
ボサノヴァとサウダージ、
そして日本の喫茶店文化「ネルドリップ」に感謝しながら。
西島 浩一郎