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untitled-田代 夏海

子供の頃から早く大人になりたかった私にとってコーヒーをブラックで飲むのは大 人への近道だった。中でも喫茶店を夢見ていたおじいちゃんの入れる本格的なブル ーマウンテンのコーヒーは私の最初のコーヒーとの出会いだったが、後になってほ んのり蜂蜜が入っていたことを知ったのは沢山の種類のブラックコーヒーを飲める ようになった後のことだった。

 

おじいちゃんにコーヒーを入れて欲しいと頼むと、いつも決まった手順で冷凍庫か ら豆を取り出して、ろ過する紙の端っこをちょいちょいっと折り曲げて、注ぎ口が 細くて長いなんともスタイリッシュでカッコいい銀のやかん(ドリップポットとい うそうだ。いつもカッコいいやかん、と言っては訂正されていた)でお湯をそそぎ 入れてくれた。

 

小さい頃の私はコーヒーには興味がないので、大人の飲み物という認識ぐらいしか なく、それでもお湯を注いだ後の部屋に広がるなんとも言えない独特なコーヒーの 香りは心がふわっとするから好きだった。

 

おじいちゃんは元々小柄ではあったけれど、年々ますます小さくなって行くような 気がした。しかしコーヒーを入れる背中だけはしゃきりと伸びていてなんだか普段 より 3 割り増しで頼もしく見えていた。

 

私を筆頭に孫達はおじいちゃんの入れてくれるコーヒーで育ち、その背中を見て過 ごしてきた。その影響か、孫の一人は大学を出てすぐに有名なコーヒーショップで 働き、将来自分でコーヒーショップを開きたいという男性とついこの間結婚したぐ らいだ。しっかりとその想いは受け継がれている。

 

今はなかなか田舎へ帰ることが少なくなってきたが、今もきっとコーヒーを入れる ときはしゃきりとしているに違いない。

 

そんなことを思い出しながらインスタントコーヒーに牛乳を入れてホワイトコーヒ ーにしていたら我が家の歩き出したばかりのチビ助に「もの珍しそうなもの飲んで るな?」とばかりに手を伸ばされてしまった。

 

君にはまだ早いぞ。これは大人の味なんだから。

 

田代 夏海

タイトルをつけるとすると「おじいちゃんのコーヒー」でしょうか。 三世代にわたる家族をコーヒーがつないでいます。 それがほのぼのと伝わるエッセイです。

 

藤原 智美 ( 第 107 回芥川賞受賞作家)

フクオカコーヒーフェスティバル実行委員会

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